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2010年3月 9日 (火)

相似象のこと

たまに、自分の日記つかメモを読み返すのだが、
あ、この時期にこんなんあったんかぁとか、しみじみすることが多々。

で、今手元に「相似象」の第十号別冊があって、
なんだかもう、大切に読んでいるのだが、

『カタカムナ』に触れたのは、ハテ?いつだっけかなと
思ったら、こんなメモしてた。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

2009年5月20日
カタカムナについて書かれている相似象学会誌の「相似象」を、
とりあえず1号~6号まで取り寄せた。

全部で26号あるそうだ。
文庫本サイズで、後半になるほど分厚い。
おそらく、そんなスルスルと読めたり理解できるものではない。

たまたま古代史とか勉強したいんですよ、と話した時に、
「カタカムナ」のことを言われたその瞬間から、

思うに、偶然は必然であったんだろうなと思う。

アワとサヌキについても、カタカムナを知らなければ、
まったく出会わない世界観だったろうし、

ほんと、時間はそんなにたくさんあるわけじゃないけど、
ちょっとでも自分の中に入れたい、入ってきてほしいなと。

この相似象学会誌の存在を知るのも、
たまたまカタカムナについて書かれていたブログの
コメント欄を開いたら、書いてあったので、

そっからイモヅルで辿り着いたわけで、

今の私には、もう「たまたま」出くわす「何か」は、
目の前にやってきた「必要なモノ」なわけで、

実際は、ピカっと光ったりなんかしてないけど、
は!これは、知らなきゃいかん!と、

無意識に、ガシガシ近寄っていってるなぁと。

あれ、なんか違うなぁと思うことも、実際あるし、
そういうときは、それもまた必要だったのだ、と納得できるし、

もうずっとそんなんが続いている。

カタカムナを研究した人は、
楢崎皐月(ならざきこうげつ)という男の人なのだが、
後に宇野多美恵という女の人が助手につく。

出会いのキッカケは、http://www3.ocn.ne.jp/~x484kok8/ktkm1.html
こちらのページに書かれてあるが、

私のほんとうに個人的に、ふと思ったのが、

岡本太郎と、敏子さんのようだったのかなと。

たまたま見つけたカタカムナについて書かれているブログの
コメント欄の中に、ひどく鋭い言葉を綴っている人がいて、
少しトゲトゲしているなと思いつつも、

芯があるようにも思え、一生懸命読んだ中に
(言葉が重かったのでちょっとしんどかった)、

「カタカムナはパートナーがいないとひらめかないのです」

というようなことが書かれてあって、

楢崎さんに宇野さんという助手が現れたのは、必然なこと?と思った。

そして、私は太郎と敏子さんを思ったのだった。

アワとサヌキ(女性型と男性型)も、
どちらがよいとかわるいとかでなく、

互いをみとめあうことにより、高次の精神となるわけで、
それを「フトマニ」というんだそうだ。

フトマニについては、またこれから読もうと思います。

あらゆることが、繋がっていることに、
秒単位ぐらいな勢いで、現れてくる感覚。

ほんとうに、加速していると体感しているような感じ。

時間たつの早いですよね。

ほんまに、はやいんです。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

いやー、ほんまにね、

はやいな。

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