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2011年8月14日 (日)

共生

チェルノブイリの自然誌
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-10985329667.html

この記事を読む前に、借りてたDVDのひとつ「地球が静止する日」というのを観ていた。で、この記事読んで最後あたりの、

「動物たちも内部被ばくをしているはずなのに、個体数を増やしている。放射能汚染と聞くと、荒れ果てた砂漠を想像するが、チェルノブイリは荒地ではなく森に還っているというのは想像していなかったので不意を突かれた思いである。広島と長崎という前例がありながら。

黙示録のチェルノブイリにさせるものかとばかりに自然はその再生に着手しているかのようだ。人間抜きで…人間はこの再生事業には参加できない。いや、人間は本来自然に即して共生してきたはずである。ウクライナのスラブ民族はそんな人間たちである。核エネルギーの発案者は地球原住民の人間だったのだろうか。」

としめてあった。

で、このキアヌ・リーブス主演の「地球が静止する日」だけど、正直自分にはイマイチやったんである・・。ストーリーとしては「ありがち」だし100分の時間の中で語り尽くせるテーマでもないというか。

ようするに、地球が壊れてしまう前に地球外生命体が「人間から地球を救うため」に突如やってくるんである。その生命体役がキアヌなんだけど、人間の親子と出会って一緒に行動するうちに、人間は苦境に立たされた時に変わる!だからお願い!助けて!と懇願され、親子の行動をみてるうちに気が変わって、帰るわけです。人間を信じて。

先にリンクした記事を読んで、この映画のストーリーを思い返して、なんかこう複雑な気持ちっつうか、なというか。映画は映画なわけで、チェルノブイリの今を自分でリアルに目にしたことはなく、イメージで考えるってパターンだけど、生物界で強そうなフリで、実は一番弱いのがヒトなのかな。

たくましい、の中に「たましい」が入ってんだね。なるほどだ。


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